においの障害(嗅覚障害)
においが分からなくなったり、においを正常に感じられなくなったりしてしまう状態が嗅覚障害です。においは「鼻腔最上部の嗅裂に鼻やのどの奥からにおいの分子が到達⇒嗅粘膜の嗅細胞⇒嗅神経⇒大脳」の経路で伝わります。この経路が障害されたり、大脳での認知力が障害されると嗅覚障害が起こります。
分類と原因
量的嗅覚障害
においを感じる量が減る状態(嗅覚低下)と、においをまったく感じない状態(嗅覚脱失)を量的嗅覚障害といいます。
質的嗅覚障害害
においを感じる能力がおかしくなってしまった状態を質的嗅覚障害といいます。代表的なものに異嗅症(いきゅうしょう)があり、正常なにおいとは異なるにおいとして感じてしまう「刺激性異嗅症」や、何もにおい物質は存在しないのに、においを感じてしまう「自発性異嗅症」などがあります。
嗅覚障害の病態分類
嗅覚障害の原因により以下の3つに分類されますが、それぞれが単独ではなく組み合わさって障害を起こすこともあります。
1気導性嗅覚障害
鼻呼吸の際に嗅裂に空気が到達せず、におい分子が嗅神経と結合できないために生じる障害。
慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎などの鼻の疾患がきっかけになることが多く、鼻腔内の炎症で粘膜が腫れて鼻がつまる他、症状が進行して大きな鼻茸(ポリープ)ができてしまい、空気の通りが悪くなることもあります。その他には、鼻の中を左右に分ける骨が曲がっている「鼻中隔弯曲症」が原因となる場合もあります。
2嗅粘膜性・嗅神経性嗅覚障害
においを伝達する嗅粘膜性・嗅神経細胞が何らかの理由で傷害を受けることでにおいを感じることができなくなります。おもな原因は、呼吸器疾患を引き起こす感冒ウイルス(アデノウイルス、ライノウイルス、インフルエンザウイルスなど)や、顔や頭などの外傷で、嗅神経が傷ついてしまうことで発症します。新型コロナウイルス感染後の嗅覚障害もウイルス感染により生じるものです。その他、薬剤性(抗がん剤)、中毒性、加齢などでも発症する場合があります。
3中枢性嗅覚障害
嗅神経よりも内側の頭蓋内の嗅覚中枢の傷害によるもので、脳挫傷などの脳の外傷や脳の病気による発症が多いですが、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経の病気の初期症状として現れる場合もあります。
中枢性嗅覚障害の場合、嗅覚が低下するだけでなく、認知能力や識別能力などの低下が見られるのも特徴です。
嗅覚障害の検査と診断
嗅覚障害の症状や程度、原因などを確定するため、以下のような診察・検査を行います。
1:問診
発症時期や症状の他、異臭や味覚障害の有無、これまでの病歴やお薬の服用歴、喫煙、職業、日常生活への影響などの幅広い情報を詳しくお聞きします。
2:鼻内視鏡検査
鼻から2㎜程度の細いファイバースコープを挿入し、鼻腔内の腫れや鼻ポリープ、鼻水など、「におい物質」の伝達が妨げられるものがないかを確認します。患部の炎症の状態が分かるので、気導性嗅覚障害の多くはこの検査で診断することが可能です。
3:画像検査(レントゲン、CT、MRI)
レントゲン検査を行い必要があれば、CT・MRIを行う場合もあります。
4:嗅覚検査
静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト):強い臭いのする薬剤ビタミンB1剤を静脈注射し、においが発生するまでの時間とにおいの続く持続時間を確認します。予後判定にも用い、潜伏時間が短いほど、持続時間が長いほど予後がよいと考えらます。
5:血液検査
好酸球性副鼻腔炎の鑑別、アレルギー性鼻炎の関与、亜鉛の欠乏などについて調べます。
治療
嗅覚障害の治療は、特定の病気が原因になっている場合はそれぞれの病気の治療を行います。
1気導性嗅覚障害には鼻炎や副鼻腔炎の治療を行います。
- 慢性副鼻腔炎……ネブライザー治療、少量のマクロライド抗生物質を3~6カ月間服用(マクロライド療法)
※大きな鼻茸(ポリープ)がある場合は手術を説明することがあります - アレルギー性鼻炎……ネブライザー治療、抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)の服用・点鼻スプレーの使用
- 鼻中隔弯曲症……手術療法
2嗅粘膜や嗅神経の障害には神経の働きを活性化するため、ステロイド治療の他にビタミン製剤、漢方薬、代謝を改善する薬などの処方を行います。
- ステロイド点鼻治療 鼻の通りが悪い場合や、においを感じとる嗅神経に問題がある場合にはステロイド点鼻治療が有効です。
- ビタミンB12(メチコバール)、代謝賦活剤(アデホスなど)
- 漢方薬 当帰芍薬散という漢方薬を使用します。この薬は嗅細胞の再生を活発化させて嗅覚障害にも効果があるというデータがあります。
- 亜鉛製剤(プロマック、ノベルジン) においを感じる嗅細胞をあたらしく作るためには亜鉛が必要です。嗅細胞は新陳代謝のスピードが早く、40日程度で入れ替わります。亜鉛が不足してしまうと新陳代謝が正常におこなわれず、においを感じにくくなってしまう可能性があります。食生活が乱れている方や、採血で血液中の亜鉛が不足している方には亜鉛薬を投薬します。
- 自律神経を整えストレスを抱えないようにする 嗅覚障害は自律神経の乱れや、強いストレスでも発症する場合があります。においを感じないなどの違和感がでたら心身ともに休めて、ストレスを抱えないようにしましょう。
- 嗅覚刺激療法(嗅覚リハビリテーション) 感冒罹患後・ウイルス感染後の 嗅覚障害感冒罹患後の嗅覚障害は、以前では難治性でなかなか治らないと言われてきました。しかし最近は嗅覚刺激療法などリハビリテーションが行われ始め以前より改善率が良くなってます。1日2回、4種類のにおいを嗅いで嗅覚を刺激する「嗅覚刺激療法」というトレーニング方法が行われます。
3中枢性嗅覚障害が原因の場合
中枢性嗅覚障害などは、中枢疾患の早期診断として注目されていますが、現時点では治療は難しいのが現状です。また、パーキンソン病、レビー小体型認知症等の疾患では神経症状の発症の数年前から嗅覚障害が発症することが多く、これらの疾患が疑われる場合には原疾患の治療を行うことが主体となります。
嗅覚刺激療法について
嗅覚刺激により嗅細胞の再生と嗅覚を処理する脳の繋がりを回復する方法です。
コロナウイルスや感冒などのウイルス感染や薬物による影響で嗅粘膜にある
嗅細胞嗅神経が傷ついてしまうことによっても嗅覚障害が起こります。
幸いなことに、嗅神経は、皮膚のように、だんだんと生まれ変わって再生することが分かっています。新しい細胞に入れ替わるターンオーバーは約40日で、この細胞が新生する時期に匂いの入力がないと嗅覚の働きがない細胞に成長してしまうと最近の研究で判明しました。そのために新生した嗅細胞を刺激する嗅覚トレーニングを行うことが勧められています。
嗅覚刺激療法は、特定の香り(バラやレモン、ユーカリ、クローブ)を毎日嗅ぐことで、嗅覚障害を改善させる一種のリハビリテーションです。海外では“Olfactory Training”(嗅覚トレーニング)と呼ばれています。研究ではダメージをうけた嗅神経はにおいの刺激を受けたほうがより良い神経の再生が得られるとの報告があります。また、脳の記憶に残っているにおいの情報とダメージを受けた嗅神経からの不完全なにおいの情報のギャップを毎日のトレーニングで近づけることで嗅覚同定能が改善することも期待して行います。嗅覚刺激療法は2009年にドイツで報告されてから世界中で行われるようになり、新型コロナ感染後の嗅覚障害の治療法でも第一選択となっているものです。日本では嗅覚刺激療法の治療法確立のための共同臨床試験が現在進行中です。
当院では本トレーニングキットを希望者には頒布し治療を行っております。